この「一見さん…」は、京都花街の格式の高さの比喩にあげられることがあるが、現代の言葉に例えれば会員制ビジネス、しかも非常に長期にわたって継続しているシステムといえよう。
明治時代、文豪の夏目漱石が京都にやってきた時にも、人を介してお茶屋を訪れている。ゴルバチョフ・元ソ連大統領や超有名な歌手がいきなりお茶屋を訪れたら、利用を断られたという逸話も残っている。
お茶屋のお母さんは、初めて見るお客がいきなり玄関先に立ったとき、「堪忍どっせ、どなたはんかのご紹介があらへんと、うちとこでは、ようお請けでけしませんのどす」という丁寧な断りをする。
あるいは、顔を見たことがあるような有名人の場合は、「せっかく来ておくれやしたのに、今日はお座敷がいっぱいなんどす。堪忍しておくれやす」と相手の顔をつぶさないような配慮をして断る場合もある。
この「一見さんお断り」が生まれた背景については、①長期掛け払いの取引慣行→債務不履行の防止②もてなしというサービス→顧客の情報にもとづくサービスの提供③職住一体の女所帯→生活者と顧客の安全性への配慮―の3つが挙げられる。
まず取引慣行だが、なじみのお客は、財布を持っていなくても、お座敷で遊ぶことができる。つまり、遊びにかかる経費一切をお茶屋が立て替え、後日清算するというしくみである。
お茶屋を利用する経費はもちろんのこと、お茶屋経由で二次会に行ったときには、そのお店の支払い、移動のタクシーの支払いなどもすべてお茶屋へ請求書が回り、お茶屋は顧客から支払いを受ける前に、その金額すべてを立て替え払いするのである。
しかも、お客への請求は、1カ月から2カ月先になることはあたりまえで、場合によっては半年先に請求書が届くこともあるという、長期掛け払いの商取引慣行が江戸時代からずっと続いているのだ。
この会計システムは、お客とお茶屋の間に相当の信頼関係がなければ成り立たない。初めて見るお客との間では、いきなり信用は作れないから、一見さんお断りのシステムが存続しているのだろうということは、すぐに理解できる。
花街で提供されるサービス「もてなし」は、顧客の好みによって提供内容がさまざまである。お茶屋では顧客の好みを十分にわかったうえで、何をどうするのかいちいち顧客に確かめず、芸舞妓さんたちや料理の手配をする。
だから、初めてのまったく情報のないお客は、どんなサービスが好みなのかわからず、お座敷で満足なサービスを提供することができないからご遠慮いただいているとお茶屋のお母さんは言う。
お客が上がるお座敷はお茶屋の中にある。このお茶屋は、お母さんやそこで働く女性たちにとっては仕事の場であると同時に生活の場でもある。
お座敷に一見さんのお客をあげることは、知らない男性を女所帯の家の中に招き入れることになり、いくら知名度があっても、現金を積まれても、安全上不安だからお断りしているのだという。
また、お茶屋の利用者には社会的地位のある顧客も多く、花街の職住一体の女所帯ならではの安全性の配慮は、顧客に対する安全性への配慮にもつながっている。